用語集 2026/06/20
ローソン条件とは——数式なしでわかる、核融合の点火条件
ローソン条件は、核融合反応が自分で燃え続ける(点火する)ために必要な条件を示したもの。鍵は「温度」「密度」「閉じ込め時間」の3つで、これらの積が一定値を超える必要がある。1955年に英国の物理学者ジョン・ローソンが示して以来、70年にわたって核融合の共通のものさしであり続けている。
なぜ3つ必要なのか
核融合は、原子核どうしを衝突させて融合させる反応だ。原子核は同じプラスの電気を帯びていて反発し合うので、くっつけるには3つの条件がそろわなければならない。
- 温度(1億℃級)——反発を振り切れるだけの速さで原子核をぶつける。温度とは要するに粒子の運動の激しさなので、遅い粒子はいくら衝突しても跳ね返されるだけで融合しない。
- 密度——衝突そのものの回数を増やす。速くても、すれ違うだけでは反応は起きない。
- 閉じ込め時間——その状態を保つ。熱が逃げるより速く反応が熱を生まなければ、プラズマは冷えて止まってしまう。
この3つは互いに交換できる。密度が低くても長く閉じ込めれば足りるし、閉じ込めが一瞬でも超高密度なら足りる。だから「積」で考える——これがローソン条件の核心だ。
核融合三重積という共通のものさし
3つを掛け合わせた値を核融合三重積(fusion triple product、記号では n·T·τE)と呼ぶ。方式のまったく違う装置どうしを同じ土俵で比べられるため、業界の事実上の共通指標になっている。
D-T(重水素・三重水素)反応で点火に必要な三重積は、おおよそ 3×1021 keV·秒/m3 とされる。ただしこの数字は文献によって 5×1021 とも書かれる。矛盾ではなく、定義の違いだ。
3×1021 と 5×1021 の違い
前者はプラズマの密度・温度が一様だと仮定した体積平均の値。後者はトカマクのように中心が尖った分布を持つ場合の中心(ピーク)値の目安。分布が不均一なぶん、同じ出力を得るには中心の値をより高くする必要がある。いずれも近似で、装置の形状や方式によって厳密な閾値は変わる。
実際にどこまで来ているのか
数字だけ見ても実感が湧かないので、実測値を並べる。ここで注意が要るのは、「三重積の記録」と「実際にD-T燃料で出したエネルギーの記録」が別物だということだ。
| 装置 | 到達 | 時期 | 注記 |
|---|---|---|---|
| JT-60U(日本) | 三重積 1.53×1021 keV·秒/m3 | 1998年 | 磁場閉じ込めの最高記録。ただしD-D実験からのD-T等価換算値で、実際のD-T運転ではない |
| JET(欧州) | 核融合出力 16.1 MW / Q = 0.62 | 1997年 | 実際のD-T運転。瞬間最大値 |
| JET(欧州) | 69.26 MJ を5秒間 | 2023年10月 | DTE3キャンペーン。JETの最終記録 |
| NIF(米国) | 2.05 MJ 投入 → 3.15 MJ 出力(利得1.5) | 2022年12月 | 人類初の「点火」達成 |
| NIF(米国) | 2.08 MJ 投入 → 8.6 MJ 出力(利得約4) | 2025年4月 | 現時点の最高記録 |
JT-60Uの記録がしばしば「世界一」と紹介されるのは事実だが、JT-60Uはトリチウムを扱う設備を持たず、実際にD-T運転をしたことがない。重水素だけの実験結果から「もしD-Tでやったら」を計算した等価値である。ここを混同した記事は多い。
一方でNIFの「点火」は、投入したレーザーエネルギーより大きな核融合エネルギーが出た、という意味では本物だ。ただしレーザーを撃つために発電所から引いた電力は約300 MJで、そこまで含めれば全体ではまだ大きく赤字である。
方式によって攻め方が違う
3つの要素が交換可能だという性質から、方式ごとに戦略が分かれる。
- 磁場閉じ込め(トカマク、ステラレータ、磁気ミラーなど)——密度は低めに抑え、その代わり秒単位で長く閉じ込める。ITERやJT-60SAはこちら。
- 慣性閉じ込め(レーザー、パルス磁気など)——閉じ込め時間はナノ秒しかないが、燃料を極限まで圧縮して超高密度にする。NIFはこちら。
どちらもローソン条件という同じゴールを、まったく別の道筋で目指している。3つの閉じ込め方式もあわせて。
これから何が起きるか
次の節目はITERだ。設計目標はQ = 10——50 MWの加熱入力に対して500 MWの核融合出力を400秒間、というもの。2024年6月に承認された新しい計画では、重水素のみのファーストプラズマが2034年、D-T運転の開始が2039年とされている(旧計画から約9年の後ろ倒し)。
日本ではJT-60SAが2023年10月23日にファーストプラズマを達成している。日欧共同の超伝導トカマクで、ITERを補完しながら、原型炉(DEMO)に向けた長時間・高性能運転のデータを積む役割を担う。
民間はどうか。2026年8月時点で、ローソン条件の達成や科学的ブレークイーブンを、査読・第三者検証を経て示した民間企業はまだない。各社が発表しているのは、イオン温度・圧縮性能・装置の稼働といった個別の進捗である。NIFの点火も米エネルギー省の国立研究所(LLNL)の成果であって、民間企業のものではない。どの企業がどこまで来ているかを追うときは、企業の自己発表と独立検証を分けて読む必要がある。
まとめ
- ローソン条件=核融合が自走するための「温度×密度×閉じ込め時間」の条件
- 3つは交換可能なので「積」=核融合三重積で評価する
- D-T点火の目安は約3×1021 keV·秒/m3(体積平均基準)
- 三重積の最高はJT-60UだがD-T等価換算値、実D-Tの最高出力はJET、点火達成はNIF
- 民間で検証済みのブレークイーブン達成例は、まだない
出典: J. D. Lawson, "Some Criteria for a Power Producing Thermonuclear Reactor," Proc. Phys. Soc. B 70, 6 (1957。原報告書は1955年、英AEREの機密扱い) / JET DTE2・DTE3 の記録は EUROfusion および ITER Organization 公表資料 / NIF の記録は Lawrence Livermore National Laboratory 公表資料(2022年12月・2025年4月) / ITER の目標値と2024年6月承認の新ベースライン、JT-60SA のファーストプラズマは ITER Organization・量子科学技術研究開発機構(QST)公表資料。三重積のしきい値および JT-60U の到達値は、標準的なプラズマ物理の記述にもとづく。数値はいずれも概算・時点値で、最新の状況とは異なる場合があります。
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