企業解説 2026/08/27
Marathon Fusion——「水銀から金」より、こちらが本業だ
2025年7月、「核融合炉で水銀を金に変えられる」という論文が世界中で報じられた。出したのは Marathon Fusion という米国のスタートアップだ。日本語メディアもこぞって取り上げた。だが、この会社の本業は錬金術ではない。トリチウムの回収である。そして核融合の商用化にとっては、そちらのほうがはるかに重い。
3行でわかる Marathon Fusion
- 2023年設立、サンフランシスコ。核融合炉そのものは作らない——燃料サイクルに特化したサプライヤー
- 主力は金属フォイルポンプ。プラズマの排ガスから重水素とトリチウムだけを選択的に回収する
- Commonwealth Fusion Systems と Helion Energy の両社から意向書(LOI)を受領。ただし正式契約・納入の実績は未確認
なぜトリチウム回収が「クリティカル」なのか
核融合の主流である D-T 反応は、重水素とトリチウムを燃やす。重水素は海水から無尽蔵に取れる。問題はトリチウムだ。
世界に存在するトリチウムは、およそ20kg。商用炉1基を起動するのに数kg要るとされるので、単純計算では最大でも12基程度しか立ち上げられない。トリチウムは半減期12.3年で減り続けるうえ、いまの主な供給源はカナダのCANDU炉という限られた副産物である。
だから商用炉は、自分で燃やしたトリチウムを自分で回収し、ブランケットで増やして、また燃やすという循環を回さなければならない。この循環の効率が悪いと、起動に必要な初期在庫が膨らみ、プラントは大きく高くなる。炉がどれだけ良くても、燃料が回らなければ発電所にならない。
Marathon Fusion が狙っているのは、この循環のうち「排気からの回収」という一工程だ。地味だが、ここが詰まると全部止まる。
金属フォイルポンプ——枯れた物理を、商用の速度に
同社の中核技術は metal foil pump、日本語で言えば金属フォイルポンプである。原理は超透過(superpermeation)と呼ばれる現象だ。
パラジウムなどの金属膜に、プラズマ化した水素同位体をぶつける。すると水素だけが膜を通り抜け、他のガスは通らない。フィルターではなく、金属格子の中を水素原子が拡散していく物理を使う。結果として、排ガスの中から重水素とトリチウムだけを選り分けられる。
ここは正確に書いておきたい。この技術は Marathon Fusion の発明ではない。1980年代から研究されてきた既存の学術概念で、米アイダホ国立研究所(INL)や欧州の DEMO 計画でも長く開発が続けられてきた。同社の立ち位置は発明者ではなく商用化者である。
では何が難しいのか。スループットだ。研究室で成立する現象を、発電所の排気量で回すには処理能力を数桁上げる必要がある——これは同社自身が課題として認めている。2024年8月には米エネルギー省の INFUSE 助成を獲得し、コロラド鉱山大学の Colin Wolden 教授と、高性能かつ安定な膜の共同研究を進めている。
資金調達
| 時期 | 内容 | 金額 | 主な投資家 |
|---|---|---|---|
| 2023年8月 | ARPA-E CREATE 採択 | 金額は出典により不一致 | 米エネルギー省 |
| 2024年7月 | シード | 590万ドル | 1517 Fund、Anglo American(リード)ほか |
| 2024年8月 | DOE INFUSE | 非公表 | 米エネルギー省 |
累計はおよそ690万ドルとされる。シリーズA以降の追加調達は、2026年8月時点で確認できていない。CFS の約30億ドル、Helion の約15億ドルと比べれば、桁が2つ3つ違う。だがそれは当然でもある。炉を建てる会社と、部品を売る会社では必要な資本がまるで違うからだ。
で、金の話はどうなのか
ここからが世間を騒がせたほうの話だ。事実関係を先に押さえる。
- 論文は arXiv のプレプリント(2507.13461)。2025年7月17日に初版、8月3日に改訂。査読は通っていない
- 著者は同社の Adam Rutkowski、Jake Harter、Jason Parisi——全員が社内の人間
- 原理は、水銀198に核融合由来の14MeV中性子を当てて (n,2n) 反応を起こし、水銀197にする。水銀197は半減期約64時間でβ崩壊して、安定な金197になる
同社の主張は「発電を損なわずブランケット内で並行して行える」「1GWあたり年間数トン規模」「年間5.5億ドル超の価値」というもの。生産量の数字はプレプリントが熱出力あたり、公式サイトが電気出力あたりで書いており、単位の取り方が揃っていない。ここは読むときに注意が要る。
批判のほうが重要だ
- できる金は、すぐには売れない。放射性の金同位体が混ざるため、市場に出せる放射線レベルまで下がるのを待つ必要がある。必要な保管年数は出典によって7年から18年まで幅があり、確定した数字はない
- 採算が合わない可能性。電気代だけで金の市場価格を上回るという試算がある。ただしこれはコミュニティ発の非公式な計算で、査読された分析ではない
- 市場が壊れる。世界の金の年間生産量は約400万kg。核融合プラントが何基も導入すれば、金価格そのものが崩れる
- そもそも前提が未検証。The Conversation は「実在しない商用炉のデジタルツインに基づくモデルであり、炉が実現するまで前提は検証できない」「技術的な実現可能性と経済的な実現可能性は別問題」と指摘している
もう一点、報道を読むときの注意を挙げておく。この件で肯定的なコメントを寄せている専門家のうち、プリンストン・プラズマ物理研究所の Ahmed Diallo 氏と元CFS CTO の Dan Brunner 氏は、いずれも Marathon Fusion のアドバイザーである。独立した第三者の評価として読むべきではない。
「科学者の意見は割れている」という見出しの記事もあったが、本文に具体的な反論者も技術的な反証も引用されていなかった。見出しだけが割れているというのが実態に近い。
この会社をどう見るか
金の話は、正直に言えばいま評価すべき対象ではない。査読前で、商用炉が存在しないと検証もできない。10年後に振り返って面白い話になっているかもしれないが、投資判断にも調達判断にも使えない。
評価すべきは本業のほうだ。トリチウム回収は、誰かが必ず解かなければならない問題で、しかも炉メーカーが自前でやりたがらない領域である。CFS と Helion が意向書を出しているのは、その構図をよく表している。炉を作る会社は炉に集中し、燃料サイクルは専業に任せる——Realta Fusion が CFS から磁石を、京都フュージョニアリングからジャイロトロンを買うのと同じ、分業の始まりだ。
ただしリスクもはっきりしている。累計690万ドルは、この分野では小さい。意向書は契約ではない。そしてスループットを数桁上げるという技術課題は、まだ解けていない。
日本との関係
Marathon Fusion 自体への日本企業・投資家からの出資や提携は、公開情報では確認できなかった。対照的なのは炉メーカー側の動きだ。同社が意向書を受け取っている CFS には、三井不動産・三井物産・三菱商事が出資している。
つまり日本の商社マネーは「炉本体」に向かっていて、燃料サイクルのような裏方の工程には向いていない。ここは日本の部材メーカーにとって、競合の少ない入り口かもしれない。トリチウム取り扱いの実績という点では、日本には六ヶ所と那珂の蓄積がある。
出典: Marathon Fusion 公式サイトおよびプレスリリース(marathonfusion.com)/PR Newswire(2024年7月18日 シードラウンド、2024年8月20日 DOE INFUSE)/TechCrunch(2024年7月18日)/arXiv:2507.13461「Scalable Chrysopoeia via (n, 2n) Reactions Driven by Deuterium-Tritium Fusion Neutrons」(2025年7月17日初版・8月3日改訂、査読前)/The Conversation、IFLScience、Kitco、phys.org(2025年7月〜8月)/Canadian Nuclear Isotope Council(2026年7月10日)/三井不動産・三井物産の出資公表(2025年9月)。金の保管年数・ARPA-E採択額・CFS/Helionとの契約進捗は出典により不一致または未確認であり、本文中にその旨を明記しています。
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