技術解説 2026/07/30
核融合燃料の比較——D-T・D-D・D-³He・p-¹¹B、「燃えやすさ」と「きれいさ」のトレードオフ
「核融合の燃料は海水から無尽蔵」という説明は、半分だけ正しい。実際には候補となる反応が複数あり、燃えやすい燃料ほど厄介な副産物(中性子)を出し、クリーンな燃料ほど桁違いに燃やしにくいという明確なトレードオフがある。どの燃料を選ぶかは、そのまま企業の技術戦略・炉の設計・事業モデルを決める。4つの主要燃料を整理する。
比較表:4燃料の通信簿
| D-T | D-D | D-³He | p-¹¹B | |
|---|---|---|---|---|
| 反応のしやすさ | ◎ 最も容易(約1〜2億度) | △ D-Tの数十分の1 | ○ D-Tより難(約10億度級) | △ 最難(数十億度級) |
| 中性子 | × 高速中性子(14.1MeV)が大量 | △ 発生する(反応の約半分) | ○ 主反応は出さない(副反応で少量) | ◎ ほぼ出さない(無中性子) |
| 燃料の入手 | △ トリチウムは自然界にほぼ無い→増殖必須 | ◎ 重水素は海水から事実上無尽蔵 | × ³Heは地球上で希少(月資源論も) | ◎ ホウ素11は豊富・安価 |
| エネルギー回収 | 熱(タービン)中心 | 熱中心 | 荷電粒子→直接発電の可能性 | 荷電粒子→直接発電の可能性 |
| 主な採用 | ITER・CFS・Helical Fusionほか主流 | (将来の選択肢) | Helion、東昇聚変 | TAE、ENN、HB11、Blue Laser |
D-T:最も燃えやすい「業界標準」——代償は中性子とトリチウム
重水素(D)と三重水素(トリチウム、T)の反応は、実用的な温度(約1〜2億度)で最も反応率が高く、ITERもCFSも国内のHelical Fusionも、主流派はほぼすべてこれを選ぶ。代償は2つ。第一に、エネルギーの8割を持ち去る14.1MeVの高速中性子が炉材料を損傷・放射化させる(材料と中性子損傷)。第二に、トリチウムは自然界にほとんど存在せず半減期約12年で消えていくため、炉の中で増殖ブランケットにより自給しなければならない(トリチウムとは)。つまりD-T路線とは「一番早く点火できるが、中性子対策と燃料サイクルという2つの宿題を後払いする」選択である。
D-D:燃料は無尽蔵、しかし中途半端になりやすい
重水素同士の反応なら燃料は海水由来で文字通り無尽蔵、トリチウム増殖も不要になる。ただし反応率はD-Tの数十分の1で、より高温・高性能な閉じ込めが必要なうえ、反応の約半分は中性子を出すので「クリーン」でもない。このため商用炉の主燃料としてD-Dを掲げる企業は少なく、現実にはD-T炉に向けた中間実証や、中性子源としての利用が主戦場だ。Thea Energyの中性子源Eos(徹底解説)やHelionの旧世代機Trentaのように、「まずD-Dで装置を証明し、収益化する」段階燃料としての価値が定着しつつある。
D-³He:直接発電を狙える準クリーン燃料——問題は³Heがないこと
重水素とヘリウム3の主反応は中性子を出さず、生成物が荷電粒子(陽子とα粒子)なので、磁場でエネルギーを電気として直接回収する直接発電の可能性が開ける。タービンも大規模な遮蔽も減らせるなら、発電所のコスト構造が根本から変わる。難点は2つで、D-Tより一段高い温度(10億度級)が要ることと、³Heが地球上にほぼ存在しないこと。Helion(徹底解説)はD-D反応の副産物から³Heを自製する燃料サイクルでこの問題を回避しようとしており、中国では復旦大学系の東昇聚変が国内唯一のD-³He路線を掲げる(中国特集)。月の表土に³Heが蓄積しているという「月資源論」も古くからあるが、当面は炉内自製が現実解だ。
p-¹¹B:究極の無中性子燃料——最難関に挑む理想主義
水素(陽子p)とホウ素11の反応は中性子をほぼ出さず、生成物はα粒子3つだけ。燃料はどちらも安価で豊富、放射化の問題も最小になる。まさに理想燃料だが、必要温度は数十億度と4燃料中で最難関、しかも高温では放射損失(制動放射)が発熱と拮抗し、正味利得を出せるかが物理として長年議論されてきた。挑戦者は個性派揃いで、FRCのTAE Technologies、球状トーラスEXL-50Uで実証を進める中国のENN Fusion、レーザー方式の豪HB11 Energyや日本のBlue Laser Fusionが名を連ねる。「一番きれいな燃料を、一番難しい物理で」——成功すれば見返りが最も大きい賭けである。
視点:燃料選択は「いつ・どんな発電所を建てるか」の宣言
D-Tを選ぶ企業は2030年代の系統向け大型電源を、D-³Heやp-¹¹Bを選ぶ企業は中性子フリーの小型分散電源を、それぞれ約束していることになる。投資家目線では、D-T勢はトリチウム自給と材料、先進燃料勢は閉じ込め物理そのものが最大リスクであり、リスクの置き場所が正反対だと理解しておくと各社の発表が読みやすい。HelionのD-T運転開始(Polaris)のように、最終燃料と実証燃料を使い分ける例も増えており、「どの燃料で・どの順に」は今後の企業分析の必須チェック項目になっていく。
出典: 各反応の物理定数は核融合工学の標準的文献(NRL Plasma Formulary等)に基づく。企業情報はHelion・TAE・ENN・HB11・Thea各社発表および当データベース収録情報をもとに編集部作成。