企業解説 2026/08/27
Marvel Fusion——「中性子の出ない核融合」を掲げた会社が、燃料の説明を変えている
ミュンヘンの Marvel Fusion は長く「中性子をほとんど出さない核融合」を看板にしてきた。水素とホウ素11を燃やす p-11B 反応。実現すれば放射化も材料損傷もほぼ無い、夢のような話だ。だが2025年以降、同社の説明は静かに変わっている。その変化と、背景にある物理の議論を追う。
3行でわかる Marvel Fusion
- 2019年設立、ミュンヘン。CEO は Moritz von der Linden、CSO はミュンヘン大学の Hartmut Ruhl 教授
- 技術はナノ構造ターゲット+フェムト秒級の超短パルスレーザー。半導体リソグラフィでターゲットを量産する
- 2026年7月、Focused Energy とともにドイツ政府の「レーザー核融合ハブ(VEGA)」を共同主導する立場に選ばれた
ナノ構造ターゲットとは何か
従来の慣性核融合(NIF など)は、球状の燃料ペレットにレーザーやX線を当てて全体を均等に熱し、圧縮する。エネルギーは熱としてプラズマ全体に拡散する。
Marvel Fusion の発想は違う。シリコン製のナノロッド(ナノワイヤー)を林立させた構造にレーザーを撃ち込む。ナノ構造がレーザーのエネルギーを特定の核種へ集中的に送り込み、「非熱的」なイオンエネルギー分布を作る——つまり全体を熱くするのではなく、必要なところだけ狙って加速する、という主張だ。
もう一つの主張が量産性である。ターゲットは半導体のリソグラフィで作れる。300mmウェハー1枚から約5,000個。核融合発電所は毎秒何発も撃つ必要があるので、ターゲットが安く大量に作れるかどうかは死活問題だ。ここは説得力のある論点である。
本題——燃料の説明が変わっている
ここが、この会社を見るうえで一番重要な点だ。
| 時期 | 対外説明 |
|---|---|
| 2021〜2024年頃 | p-11B(陽子・ホウ素11)を前面に。「非中性子核融合」を看板技術として訴求 |
| 2026年1月 | 「湿潤フォーム、汚染D-T、各種の先進的な非低温燃料を含む幅広い燃料に点火できる高速点火コンセプト」と説明。「D-T氷が点火要件の少なさから依然として支配的燃料である」とも明記 |
| 2026年8月 | 公式サイトは燃料を名指しせず、「代替燃料サイクル」「トリチウムを排除できる可能性」という抽象的表現にとどまる |
「非中性子核融合の会社」から「複数燃料に対応する高速点火プラットフォームの会社」へ——説明の重心が明らかに移っている。
ただし公平に書いておくと、同社が「方針転換した」と正式に発表したわけではない。これは報道と自社発信の記述変化から読み取れる傾向であって、会社の公式な認めではない。
背景にある物理の議論
この変化の時期は、学術側からの反論と符合している。
2023年12月、マックス・プランク研究所所属の研究者らが反論論文(arXiv:2312.13429)を公開した。Marvel Fusion のナノ構造ホウ素・水素混合燃料構想を名指しで批判した内容である。
- 混合燃料は制動放射による放射損失がD-T燃料の約30倍に達し、より高温での運転を強いられる。それが熱伝導・膨張仕事といった他の損失と「負の相乗効果」を起こす
- 同社が「予備圧縮が不要」とする主張についても、低温では制動放射が核融合出力を上回るため結局は高温運転に追い込まれる、と反論
- 同社側の見積もりには「電子温度効果の無視」「α粒子逃散の過小評価」「損失チャンネルの累積効果の無視」という3つの誤りがある、と指摘
2025年には Physics of Plasmas に「純粋な p-11B 燃料は慣性核融合エネルギー用途として十分な利得を得られない」と結論づける論文も出ている。
p-11B の難しさは、業界では以前から知られている。D-T が約66 keV でピークを迎えるのに対し p-11B は約600 keV、およそ9倍の温度が要る。必要な閉じ込め性能(nτ)はD-Tの約45倍。反応断面積のピーク値もD-Tの3分の1程度しかない。物理的に、桁違いに難しい。
繰り返すが、説明が変わったことと、反論論文が出たことの間に因果関係があると断定はできない。時期が符合している、というところまでが言えることだ。
資金調達
| 時期 | ラウンド | 金額 | 主な投資家 |
|---|---|---|---|
| 2022年2月 | シリーズA | 約3,900万ドル | Earlybird、Possible Ventures |
| 2024年9月 | シリーズB | 6,280万ユーロ | HV Capital(リード)、Deutsche Telekom、Bayern Kapital、SPRIND ほか |
| 2025年3月 | シリーズB拡張 | 5,000万ユーロ追加(B合計1億1,300万ユーロ) | EQT Ventures、Siemens Energy Ventures、EIC Fund |
| 2025年11月 | EIC STEP Scale Up | 最大3,000万ユーロ | 欧州イノベーション会議 |
累計額は情報源によって大きく食い違う。同社周辺は「3億8,500万ユーロ」、公式サイトは「官民合計4億ドル超」、第三者データベースは開示済みラウンドの単純合計で「1億6,300万ドル」。公的資金をどこまで含めるかで倍以上変わるので、単一の数字は使わないほうがいい。
提携——コロラドとミュンヘンの二拠点
コロラド州立大学との共同施設が最大のプロジェクトだ。2023年8月発表、総事業費1億5,000万ドルの公民連携。フォートコリンズのキャンパスに、マルチペタワット級で毎秒10発照射できるレーザー3基以上を備えた「ATLAS」施設を建設する。開所は2027年予定。
ドイツ側では2025年7月、ガルヒングの CALA に新実験チャンバー「LION 2」を開設。2025年3月には Siemens Energy が投資家として参画すると同時に、統合型核融合発電プラントの概念設計を共同開発すると発表している。発電所を実際に建てる会社と組んでいる点は、他のレーザー勢にはあまり見られない動きだ。
そして2026年7月、ドイツ連邦政府が国内3拠点の「核融合ハブ」構想を発表し、レーザー核融合を担う VEGA ハブを Marvel Fusion と Focused Energy が共同主導することになった。初期配分は1億2,500万ユーロ。連邦研究相は「世界初の核融合発電所はドイツに」と発言している。競合であると同時に、国家プロジェクトの共同パートナーでもあるという珍しい関係だ。
この会社をどう見るか
ナノ構造ターゲットの量産性という論点は本物だと思う。レーザー核融合が発電所になるとき、毎秒何発ものターゲットを安く作れるかは避けて通れない問題で、半導体の製造技術を持ち込むという発想には筋がある。Siemens Energy との組み方も現実的だ。
一方で、看板だった非中性子核融合については、物理側からの批判が具体的で、会社側の説明もそれに合わせて変化しているように見える。「中性子が出ない核融合」という言葉に惹かれてこの会社を見るなら、その看板がいまどのくらい掲げられているかを確認したほうがいい。
これは Marvel Fusion に限った話ではない。核融合の企業説明は、物理の議論に押されて静かに書き換わることがある。過去の記事を読むときは、それがいつ書かれたものかを必ず見る必要がある。
日本との関係
日本企業・投資家との直接的な資本提携や技術提携は、公開情報では確認できなかった。日本語では、2025年3月のシリーズB拡張を報じた記事などが存在する程度である。
出典: Marvel Fusion 公式サイトおよびニュースルーム(marvelfusion.com)/TechCrunch(2024年9月25日 シリーズB)/同社プレスリリース(2025年3月27日 シリーズB拡張)/World Nuclear News(2023年8月8日 コロラド州立大との提携、2026年7月30日 独レーザー核融合ハブ)/Innovation News Network(2026年1月29日 燃料戦略)/欧州イノベーション会議 EIC 公式発表(2025年11月19日)/arXiv:2312.13429「Comments to Marvel Fusion's Mixed Fuels Reactor Concept」(2023年12月)/Physics of Plasmas 掲載論文(2025年)。累計調達額は情報源により大きく異なるため本文では単一の数値を示していません。燃料戦略の変化は報道・自社発信の記述の変遷から読み取れる傾向であり、同社が正式に方針転換を発表したものではありません。
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