企業解説 2026/07/31(全面改訂)
Pacific Fusion 徹底解説——10億ドルの「マイルストーン型」調達で挑むパルス磁気慣性核融合
2024年10月、無名の新会社が「シリーズAで9億ドル超」という業界最大級の調達を引っ提げて現れた。Pacific Fusion——ヒトゲノム計画を率い、米大統領科学顧問(OSTP局長)も務めたエリック・ランダー氏がCEOを務める異色のスタートアップだ。方式はトカマクでもレーザーでもない「パルス磁気慣性」。そして資金は一括ではなく、技術マイルストーンの達成ごとに解放される契約になっている。2026年に入り実証が相次いだ同社の現在地を、全面改訂版として整理する。
会社概要:科学界の重鎮と「実行のプロ」の混成チーム
Pacific Fusionは2023年に設立されたカリフォルニア拠点の企業で、創業チームにはランダー氏(ブロード研究所の創設所長でもある)のほか、共同創業者で社長のウィル・リーガン氏ら、国立研究所・スタートアップ双方の出身者が並ぶとされる。シリーズAはGeneral Catalystが主導した。同社が強調するのは「物理は既に実証されている——足りないのは工学とコストだ」という立場で、国立研究所のパルスパワー研究(サンディア国立研究所のZマシン系の知見)を商用スケールへ引き直すことを事業の核に置くとされる。
技術:コンデンサの電気で標的を「磁場ごと」圧縮する
同社の方式はパルス磁気慣性核融合(pulsed magneto-inertial fusion)に分類される。レーザー慣性方式(First LightやInertiaが採るICF)が光で燃料を圧縮するのに対し、Pacific Fusionは大電流の電磁パルスを使う。多数のコンデンサバンク(パルサーモジュール)に蓄えた電気を一斉に放出し、磁化された燃料標的を金属ライナーごと急速圧縮して核融合条件に到達させる。磁場が熱の逃げを抑えるため、純粋なICFより緩い圧縮条件で済み、レーザーより電気→駆動エネルギーの変換効率が桁違いに高いことが強みとされる。装置の主役が「巨大な電源」であるため、コスト構造が電力機器の量産カーブに乗りやすいという主張だ。
マイルストーン型調達:投資契約に埋め込まれた開発規律
シリーズA 10億ドル級という数字以上に業界へ影響を与えたのが、そのトランシェ構造だ。資金は技術マイルストーンの達成ごとに段階的に解放される契約で、DOEのマイルストーン・プログラムの民間版といえる。実際に2026年6月には、試作パルサーが80ナノ秒・440ギガワットの出力を実証して追加トランシェが解放された。さらに7月には、ローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)と共同で、パルスパワー装置「Sirius」の3,000ショット連続運転を達成(7月27日号参照)。単発の記録ではなく「繰り返し撃てること」を示した点は、発電所に不可欠な反復動作の実証として重要だ。
ロードマップ:狙いは「施設全体での正味利得」
同社が掲げる次の大目標は、実証システムでのnet facility gain——プラズマ単体のQ値ではなく、施設に投入した電気エネルギーを核融合出力が上回る状態——の達成で、2030年ごろの実現を目指すとされる。NIFの点火実証が「標的に入ったレーザー光に対する利得」だったのに対し、施設全体での利得はさらに数十倍厳しい基準であり、これを最初の看板目標に据えること自体が同社の自信の表れといえる(Q値とは)。
視点:資金の設計が技術を規律する
Pacific Fusionの本当の発明は、方式よりも資金の設計かもしれない。マイルストーン型トランシェは、投資家には「進捗が出なければ資金が出ない」保険を、経営には「次の実証に集中する」規律を与える。2026年のトランシェ解放とSirius実証は、この仕組みが機能していることの証明でもある。CFSの10億ドル追加調達(7月30日号)が年金・SWFの参入を示したのと同様、同社は「核融合にどうやってお金を入れるか」の発明で業界を前に進めている。残る問いは物理と工学の統合——数千モジュールの同期発火と標的の量産という、パルス方式固有の難所を予定表どおり越えられるかだ。
出典: Pacific Fusion公式発表・公式サイト、General Catalyst発表(2024年10月)、LLNL・同社発表(Sirius、2026年7月)、ANS Nuclear Newswire、TechCrunch、当データベース収録情報をもとに編集部作成。数値は各出典に記載の値で、概算を含みます。